概要
王が代わるたび、農民の借金を帳消しにし、質に取られた家族を家へ返した。借金で社会が壊れることを、当時の王はよく知っていた。
場所
バビロン
32.54°N 44.42°E · イラク・バービル県
32.54°N 44.42°E · イラク・バービル県
本文
シュメールの王が即位すると、しばしば最初にすることがあった。 農民の借金を帳消しにし、質に取られていた妻や子を家へ帰し、 借金のかたに取られた土地を元の持ち主へ戻す。
ラガシュのウルカギナ(BC24世紀)の記録が古いものの一つで、 以後1000年、バビロニアの王たちが繰り返している。 アッカド語で「白紙に戻す」を意味する語が使われた。
なぜそうしたのか。 借金が膨らむと、農民は畑を捨てて逃げる。 逃げた先は砂漠か、王の敵のところになる。 税を納める者と、兵になる者が同時に消える。
つまり徳政は、慈悲ではなく統治の技術だった。
ヘブライ語聖書の「ヨベルの年」、 50年ごとに負債を帳消しにして土地を戻すという規定も、 この地域の古い慣行を受け継いでいると考えられている。
『負債論』は、これを本の土台の一つに置いた。 借金は必ず返さねばならない、という考えのほうが新しい、という筋になる。
出典(1)
デヴィッド・グレーバー(酒井隆史 訳) 『負債論 貨幣と暴力の5000年』第3章(原初的負債。徳政令は例外ではなく制度だった)