概要
五度目の遷都で殷に落ち着き、以後273年動かなかった。だからこの王朝は殷と呼ばれる。その跡が殷墟で、甲骨文字はここから出た。
場所
殷墟
36.13°N 114.31°E · 中国・河南省安陽
36.13°N 114.31°E · 中国・河南省安陽
本文
殷は、都を何度も移していた。
洪水、内紛、諸説ある。
盤庚が、五度目の遷都をした。
殷(今の安陽)へ。
民が嫌がった。
『書経』に、盤庚が民を説く言葉が残っている。
「お前たちは私の言うことを聞かず、 古い場所に留まろうとする」。
移った。
以後273年、都は動かなかった。
だから、この王朝は殷と呼ばれる。
自分たちは商と名乗っていた。
その跡が殷墟になる。
19世紀の終わり、 薬屋で「竜骨」として売られていた骨に 文字が刻まれているのに学者が気づいた。
甲骨文字。
出所を辿ると、安陽の村だった。
1928年から発掘が始まり、 王の墓と、宮殿と、15万片の甲骨が出た。
伝説とされていた王朝が、そこにあった。