概要
契丹の諸部をまとめて皇帝を名乗った。遊牧民と農耕民を別の制度で治める仕組みを作る。
関わったできごと(1)
契丹(遼)の建国AD916年 · 当人本文
契丹の諸部をまとめ、皇帝を名乗った。
それまで、契丹の指導者は 3年ごとに選挙で選ばれていた。
その慣習を破って、終身の地位にした。
反対した部族長を、 塩池に招いて宴を開き、殺したと伝わる。
やったことで大きいのが、二重統治になる。
遊牧民は部族の慣習で、 農耕民は中国式の官僚制で治める。
北面官と南面官を分けた。
文字も作った。 漢字を参考にした契丹大字と、 表音的な契丹小字。
どちらも、いまだ完全には解読されていない。
渤海を滅ぼし、その帰路に死んだ。
草原の側から、 農耕地帯を含む国を作った最初の例になる。