概要
キプチャクの草原で捕らえられ、奴隷として売られた。アイン・ジャールートでモンゴルを破り、主君を殺してスルタンになる。17年で十字軍の拠点を次々に落とした。
所属
マムルーク朝関わったできごと(1)
アイン・ジャールートの戦いAD1260年9月3日 · 前衛の指揮本文
キプチャク草原のトルコ系の部族に生まれた。
モンゴルの侵入で捕らえられ、 奴隷として売られた。
目に白い斑点があって値が下がったと伝わる。
エジプトのアイユーブ朝が買い、兵として育てた。
マムルーク(所有された者)と呼ばれる兵になる。
1250年、マンスーラでフランス王ルイ9世を破る戦いで名を上げた。
同じ年、マムルークたちが主君を殺した。
1260年、アイン・ジャールート。
前衛を率いて偽装退却し、 モンゴル軍を包囲に誘い込んだ。
帰路、スルタンのクトゥズを殺す。
自分がスルタンになった。
17年の治世で、十字軍の城を次々に落とした。
アンティオキア、サファド、アルスーフ。
モンゴルの再侵入も退けている。
駅伝制を整え、カイロからダマスクスまで4日で文書が届いた。
死因は、他人のために用意した毒杯を 誤って自分が飲んだためと伝わる。