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Person / 人

バイバルス

Baybars
AD1223年頃 – AD1277年(享年54・推定)
マムルーク朝重要度 4

概要

キプチャクの草原で捕らえられ、奴隷として売られた。アイン・ジャールートでモンゴルを破り、主君を殺してスルタンになる。17年で十字軍の拠点を次々に落とした。

所属

マムルーク朝

関わったできごと(1)

アイン・ジャールートの戦いAD1260年9月3日 · 前衛の指揮

本文

キプチャク草原のトルコ系の部族に生まれた。

モンゴルの侵入で捕らえられ、 奴隷として売られた。

目に白い斑点があって値が下がったと伝わる。

エジプトのアイユーブ朝が買い、兵として育てた。

マムルーク(所有された者)と呼ばれる兵になる。

1250年、マンスーラでフランス王ルイ9世を破る戦いで名を上げた。

同じ年、マムルークたちが主君を殺した。

1260年、アイン・ジャールート。

前衛を率いて偽装退却し、 モンゴル軍を包囲に誘い込んだ。

帰路、スルタンのクトゥズを殺す。

自分がスルタンになった。

17年の治世で、十字軍の城を次々に落とした。

アンティオキア、サファド、アルスーフ。

モンゴルの再侵入も退けている。

駅伝制を整え、カイロからダマスクスまで4日で文書が届いた。

死因は、他人のために用意した毒杯を 誤って自分が飲んだためと伝わる。

動画(1)

サラディン亡き後の十字軍 〜最強モンゴル軍も一目置く新たな英雄の台頭〜【COTEN RADIO #321 】歴史を面白く学ぶコテンラジオ_COTEN RADIOサラディンのあとに現れた、モンゴルも一目置く英雄として