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Person / 人

ケチワヨ

Cetshwayo
AD1826年頃 – AD1884年2月8日(享年58・推定)
ズールー王国重要度 3

概要

シャカの甥の子で、ズールーの最後の独立した王。イギリスの最後通牒を拒み、イサンドルワナで勝ち、ウルンディで敗れた。ロンドンへ連れていかれ、群衆に歓迎されている。

所属

ズールー王国

関わったできごと(2)

イサンドルワナの戦いAD1879年1月22日 · ズールー王ウルンディの戦いAD1879年7月4日 · ズールー王。捕らえられた

本文

シャカの弟の子で、王位を継ぐのに 兄弟との内戦を戦った。

1873年に即位する。

イギリスは、南アフリカを一つの連邦にまとめたかった。

独立したズールーは、その邪魔になる。

最後通牒が来た。

軍の解散と、宣教師の受け入れと、 イギリスの駐在官による監督。

拒んだ。

1879年1月、イサンドルワナで勝った。

7月、ウルンディで敗れた。

一か月逃げて、捕らえられる。

ケープタウンに幽閉されたあと、 1882年、ロンドンに連れていかれた。

ヴィクトリア女王に会っている。

街では群衆が集まり、人気者になった。

翌年、分割された王国の一部に戻された。

だが、分割で力を得た首長たちと争いになり、 敗れて、1884年に死んだ。

毒殺されたという説がある。