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Person / 人

藤原良房

Fujiwara no Yoshifusa
AD804年 – AD872年(享年68・推定)
日本重要度 4

概要

皇族でない最初の太政大臣、最初の摂政。娘を天皇に嫁がせ、9歳の孫を即位させた。応天門の変で政敵を退け、摂関政治の型を作る。

関わったできごと(1)

藤原良房の摂政AD858年 · 摂政

本文

藤原北家の冬嗣の子になる。

嵯峨天皇が、娘を妻として与えた。

皇族でない者に皇女が嫁ぐのは初めてだった。

その娘・明子を文徳天皇に入れた。

生まれた皇子を、生後8か月で皇太子にした。

先に生まれた兄がいた。

857年、太政大臣。

皇族でない者では最初になる。

翌年、文徳が死に、9歳の孫が即位した。

清和天皇。

祖父が政治を執る。

866年、応天門が焼けた。

大納言伴善男が放火の罪で流された。

良房の政敵だった。

その年、正式に摂政に任じられる。

娘を入内させ、孫を幼くして立て、 その代わりに政治をする。

この型が、以後の藤原氏の力の源になった。

道長は、その子孫になる。