概要
皇族でない最初の太政大臣、最初の摂政。娘を天皇に嫁がせ、9歳の孫を即位させた。応天門の変で政敵を退け、摂関政治の型を作る。
関わったできごと(1)
藤原良房の摂政AD858年 · 摂政本文
藤原北家の冬嗣の子になる。
嵯峨天皇が、娘を妻として与えた。
皇族でない者に皇女が嫁ぐのは初めてだった。
その娘・明子を文徳天皇に入れた。
生まれた皇子を、生後8か月で皇太子にした。
先に生まれた兄がいた。
857年、太政大臣。
皇族でない者では最初になる。
翌年、文徳が死に、9歳の孫が即位した。
清和天皇。
祖父が政治を執る。
866年、応天門が焼けた。
大納言伴善男が放火の罪で流された。
良房の政敵だった。
その年、正式に摂政に任じられる。
娘を入内させ、孫を幼くして立て、 その代わりに政治をする。
この型が、以後の藤原氏の力の源になった。
道長は、その子孫になる。