概要
父が死んで17歳で戸主になり、母と妹を食べさせるために小説を書いた。吉原の裏で荒物屋を開いて失敗し、そこで見たものが『たけくらべ』になった。14か月で代表作を全部書いて、結核で24歳。五千円札。
所属
日本本文
樋口奈津。 「夏子」。 「なつ」。 「一葉」は、 筆名。 「達磨は、 一葉の葦の葉に乗って、 揚子江を渡った」。 「お足(金)がない」。 「達磨は、 足がない」。 「洒落」。 1872年5月2日、 東京府。 内幸町。 「東京府庁の、 構内の、 官舎」。 父則義は、 甲州の農民。 「江戸へ出て、 武士の株を買った」。 「同心」。 「明治で、 東京府の役人」。 「6人の、 5番目」。 1877年、 本郷。 1881年、 「小学校」。 「首席」。 「11歳で、 やめた」。 「母が、 『女に、 学問は、 いらない』」。 「父は、 歌を」。 1886年、 「萩の舎」。 中島歌子。 「和歌」。 「上流の娘たち」。 「奈津は、 貧しかった」。 「着物」。 「1000人の、 門下」。 「伊東夏子、 田辺花圃」。 「花圃は、 1888年、 『藪の鶯』で、 33円」。 「小説で、 金が」。 1887年、 長兄が死んだ。 1889年7月、 父が死んだ。 「事業の、 失敗」。 「借金」。 「17歳で、 戸主」。 「母と、 妹」。 「渋谷三郎との、 婚約は、 破棄された」。 「持参金」。 1890年、 「萩の舎の、 内弟子」。 「本郷菊坂」。 「針仕事、 洗い張り」。 1891年4月、 半井桃水。 『朝日新聞』の、 小説記者。 「師」。 「奈津は、 19歳」。 「桃水は、 31歳」。 「恋」。 「桃水は、 知らなかった」。 「噂」。 「萩の舎が」。 1892年6月、 「絶交」。 「一葉は、 桃水を、 一生」。 1892年、 「闇桜」。 『武蔵野』。 「一葉」。 「初めて」。 1893年7月、 下谷龍泉寺町。 「吉原の、 裏」。 「荒物と、 駄菓子」。 「店」。 「10か月」。 「失敗」。 「見た」。 「子供たち」。 1894年5月、 本郷丸山福山町。 「借金」。 「久佐賀義孝」。 「占い師」。 「金を、 借りようとして」。 「妾に」。 「断った」。 1894年12月、 『大つごもり』。 『文学界』。 「奇跡の14か月」。 1895年1月、 『たけくらべ』。 「連載」。 「1896年1月まで」。 「美登利、 信如、 正太郎、 長吉」。 「大黒屋の、 美登利」。 「吉原の、 女郎になる、 少女」。 「信如は、 僧に」。 「水仙の花」。 「作り花」。 9月、 『にごりえ』。 「お力」。 「丸山福山町の、 銘酒屋」。 12月、 『十三夜』。 「お関」。 「離縁」。 「戻る」。 1896年4月、 『文芸倶楽部』。 『たけくらべ』一括。 「森鷗外」。 「幸田露伴」。 「斎藤緑雨」。 『めさまし草』。 「三人冗語」。 「鷗外は、 『われは、 縦令世の人に、 一葉崇拝の嘲を受けんまでも、 此人に、 まことの詩人という称を、 おくることを、 惜まざるなり』」。 「文壇に、 出た」。 「一葉の家に、 人が、 来た」。 「馬場孤蝶、 川上眉山、 戸川秋骨、 平田禿木、 緑雨」。 「一葉は、 接客した」。 「日記」。 「『みづの上』」。 「男たちが、 私を、 見に来る」。 1896年8月、 「結核」。 「喀血」。 「診察」。 「鷗外が、 医者を」。 「絶望」。 11月23日。 「24歳6か月」。 「築地本願寺」。 「夏」。 「和泉式部と、 清少納言に、 並ぶ」。 「明治の、 女性作家で、 最初」。 「日記」。 「40冊」。 「1887年から、 1896年」。 「『樋口一葉日記』」。 「一葉は、 日記を、 読まれることを、 知っていた」。 「妹くにが、 守った」。 「2004年、 五千円札」。 「女性で、 初めて」。 「神功皇后は、 1881年に」。 「一葉は、 金がなかった」。 「一葉は、 金に、 なった」。 「『お足が、 ない』」。