概要
寺も持たず、書いたものも焼いて死んだ僧。念仏の札を配りながら16年歩き続け、身分も性別も問わずに人を集めた。
所属
日本関わったできごと(1)
一遍の遊行1274年 · 遊行した本文
伊予の豪族、河野氏の一族に生まれた。 父の死で家を継ぐ話が出て、いったん還俗して家督争いに巻き込まれ、 親族に襲われたとも伝わる。それを機に、すべてを捨てた。
熊野の本宮で、参籠中に神託を受けたという。 信じる信じないにかかわらず、札を配れ。 以後、それを実行した。
配ったのは念仏の札で、受け取る側の信心を条件にしない。 だから相手が誰でもよかった。 武士でも、商人でも、遊女でも、当時「非人」と呼ばれた人びとでもよい。
信濃で踊り念仏が始まる。 鉦を叩き、踊りながら念仏を唱える。 市や道端で行われ、大勢が加わった。
家も寺も持たず、16年歩き続けた。 死ぬ前に、自分の書物を焼かせている。 一遍の教えを継いだ集団は時宗と呼ばれ、遊行を続けた。
その死の10年後に作られた絵巻『一遍聖絵』は、 中世の日本の市、港、橋、関、そこに集まる人びとを、 書かれた史料が残さなかった細かさで写している。