概要
バーゼルの牧師の家に生まれ、生涯その町で教えた。ルネサンスを「個人の発見」として描き、その像がいまも通用している。
本文
バーゼルの牧師の家に生まれた。 父の跡を継ぐつもりで神学を学び、途中でやめて歴史へ移った。
ベルリンでランケに学んだ。 政治と外交を軸に、史料を厳密に扱う方法を身につけている。 そのうえで、自分は別のことをやると決めた。
扱ったのは、文化になる。 制度や条約ではなく、人がどう感じ、どう振る舞い、何を美しいと思ったか。
1860年の『イタリア・ルネサンスの文化』は、 国家、個人の発達、古代の復活、世界と人間の発見、社交と祝祭、道徳と宗教、 という六部で構成される。年代順ではない。
バーゼル大学で教え続け、ベルリンの教授職の誘いを断った。 生涯独身で、講義を中心に生きた。
同僚に若いニーチェがいて、深く尊敬された。
近代の大衆と国家の力を警戒し、 20世紀に「恐るべき単純化する者たち」が現れると書き残している。