概要
五大湖のウェンダットの指導者で、外交と弁論で知られた。フランス人との対話の記録が本国で読まれ、ヨーロッパ人が自分たちの社会を疑う材料になった。
関わったできごと(1)
先住民による西洋批評AD17世紀末〜18世紀初め · 論じた本文
五大湖のウェンダット(ヒューロン)の指導者で、 フランス側の記録では「ネズミ」という渾名で呼ばれている。
17世紀末、ウェンダットはイロコイ連合とフランスの間で難しい位置にいた。 彼はどちらとも交渉し、 フランスとイロコイの単独講和を、策を用いて壊したこともある。
弁論の力で知られた。 総督の前で、通訳を介して長く論じる姿が何度も記録されている。 イエズス会の宣教師は、彼を論破できた者はいない、と書いた。
フランスの貴族ラオンタンは、この人物との対話という形の本を1703年に出した。 そこでは、金、私有財産、法と刑罰、身分といったヨーロッパの制度が、 一つずつ、外側の理屈で問い直される。
どこまでが実際の言葉かは分からない。 それでも、その本はヨーロッパで広く読まれ、 自分たちの社会は当たり前ではない、という感覚を広げた。
1701年、モントリオールでの大講和の交渉のさなかに病で死んだ。 フランス軍の礼をもって葬られている。