概要
唐で密教を二年で受け継ぎ、高野山に真言宗を開いた。書と土木と辞書編纂にも名を残す。いまも入定していることになっている。
関わったできごと(1)
最澄と空海の入唐AD804年 · 渡唐本文
讃岐の豪族の家に生まれ、 都の大学で儒学を学び、途中で辞めた。
山と海で修行する。
その時期のことは、自分の書いた 『三教指帰』に少しあるだけになる。
804年、遣唐使に加わった。
長安で青龍寺の恵果に会い、 密教の全体を三か月で授けられた。
恵果はその年に死ぬ。
自分の後継者を、 外国から来た僧に託した形になる。
806年に帰国。
20年の留学予定を2年で切り上げたので、 しばらく都に入れなかった。
高野山を開き、東寺を与えられ、 真言宗を建てた。
書は三筆に数えられる。
讃岐の満濃池を修復し、 庶民のための学校を作った。
835年、高野山で死ぬ。
真言宗では、死んだのではなく いまも瞑想を続けていることになっている。