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Person / 人

空海

Kūkai
AD774年 – AD835年(享年61・推定)
日本重要度 4

概要

唐で密教を二年で受け継ぎ、高野山に真言宗を開いた。書と土木と辞書編纂にも名を残す。いまも入定していることになっている。

関わったできごと(1)

最澄と空海の入唐AD804年 · 渡唐

本文

讃岐の豪族の家に生まれ、 都の大学で儒学を学び、途中で辞めた。

山と海で修行する。

その時期のことは、自分の書いた 『三教指帰』に少しあるだけになる。

804年、遣唐使に加わった。

長安で青龍寺の恵果に会い、 密教の全体を三か月で授けられた。

恵果はその年に死ぬ。

自分の後継者を、 外国から来た僧に託した形になる。

806年に帰国。

20年の留学予定を2年で切り上げたので、 しばらく都に入れなかった。

高野山を開き、東寺を与えられ、 真言宗を建てた。

書は三筆に数えられる。

讃岐の満濃池を修復し、 庶民のための学校を作った。

835年、高野山で死ぬ。

真言宗では、死んだのではなく いまも瞑想を続けていることになっている。