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Person / 人

呂蒙

Lü Meng
AD178年 – AD220年(享年42・推定)
重要度 3

概要

字も読めない武人が、孫権に言われて本を読み、魯粛が「呉下の阿蒙にあらず」と驚いた。「士別れて三日なれば刮目して相待すべし」。白衣の商人に化けて荊州を取り、関羽を捕えた。その年に病死した。

所属

本文

汝南、 富陂。 安徽。 BC178年。 姉の夫、 鄧当。 孫策の、 部将。 15、6歳。 「鄧当の、 軍に、 勝手に、 ついていった」。 「山越を、 討ちに」。 「鄧当が、 叱った」。 「母が、 叱った」。 「貧しい。 戦で、 功を、 立てなければ、 貧しさから、 出られない。 虎の穴に、 入らずに、 虎の子は、 取れない」。 鄧当の、 役人が、 呂蒙を、 馬鹿にした。 「あの、 小僧が」。 呂蒙は、 役人を、 殺した。 逃げた。 自首した。 孫策が、 会って、 「奇」とした。 側に。 鄧当が、 死んだ。 張昭が、 呂蒙を、 後任に。 「別部司馬」。 孫権。 「小さな、 部隊は、 合併せよ」。 呂蒙は、 借金して、 兵に、 赤い、 服を、 着せた。 「閲兵」。 孫権が、 見て、 兵を、 増やした。 BC208年、 江夏。 黄祖。 「陳就を、 斬った」。 赤壁。 周瑜の、 下で。 南郡。 「甘寧が、 夷陵で、 囲まれた。 呂蒙が、 救った」。 BC210年。 孫権。 「呂蒙と、 蒋欽は、 兵を、 持つ、 身。 学問を、 すべし」。 呂蒙。 「軍務が、 多くて」。 孫権。 「私は、 あなたを、 博士に、 するのでは、 ない。 本を、 読んで、 過去を、 知れ、 と。 私も、 若い頃、 『詩』『書』『礼記』『左伝』『国語』を、 読んだ。 『易』は、 読まなかった。 いま、 三史と、 諸家の、 兵書を、 読んで、 大いに、 益が、 ある」。 「光武帝は、 軍中でも、 本を、 手放さなかった。 曹操も、 老いて、 学ぶ、 と言っている」。 呂蒙は、 読んだ。 「儒者より、 多く」。 魯粛。 周瑜の、 後任。 呂蒙の、 陣を、 通った。 「呂蒙は、 武人」。 軽く、 見ていた。 酒。 呂蒙。 「関羽と、 隣。 どう、 備える」。 魯粛。 「その時に、 考える」。 呂蒙。 「五つの、 策」。 魯粛は、 驚いた。 「私は、 あなたを、 武だけの、 人と、 思っていた。 もう、 呉下の、 阿蒙では、 ない」。 呂蒙。 「士、 別れて、 三日なれば、 即ち、 更に、 刮目して、 相待すべし」。 三日、 会わなければ、 目を、 こすって、 見直せ。 「呂蒙の、 母に、 拝礼して、 友に、 なった」。 『江表伝』。 BC215年、 長沙、 零陵、 桂陽。 「零陵の、 郝普を、 騙して、 降らせた」。 BC217年、 魯粛が、 死んだ。 後任。 「関羽は、 驍雄。 私が、 死ねば、 呉は」。 孫権に。 「徐州を、 取れ」と、 孫権が、 言った。 「徐州は、 取れても、 守れない。 関羽を、 取れば、 長江の、 全部が、 呉の」。 BC219年。 関羽が、 北へ。 樊城。 呂蒙は、 「病気」と、 言って、 建業に、 帰った。 陸遜が、 後任。 無名。 関羽は、 安心して、 兵を、 北へ、 全部。 呂蒙。 「白衣」。 商人の、 服。 船。 夜。 江陵。 公安。 関羽の、 留守の、 将が、 降った。 「関羽の、 兵の、 家族を、 全部、 保護した」。 「兵の、 家族に、 手紙を、 書かせた」。 「元気だ。 呂蒙は、 良くしてくれる」。 関羽の、 兵は、 逃げた。 「一人の、 兵が、 民の、 笠を、 取った。 雨を、 防ぐために。 呂蒙は、 その兵を、 斬った。 同郷だった」。 関羽は、 麦城。 臨沮。 捕えられて、 斬られた。 孫権。 「呂蒙を、 南郡太守に。 孱陵侯」。 BC220年。 病気。 「孫権は、 呂蒙を、 自分の、 宮殿の、 隣に、 住まわせた。 壁に、 穴を、 開けて、 覗いた。 呂蒙が、 食べると、 喜んだ。 食べないと、 眠れなかった」。 「医者を、 天下に、 求めた。 千金」。 死んだ。 42歳。 関羽の、 死の、 翌年。 「関羽の、 祟り」。 『演義』。 「呂蒙は、 関羽の、 霊に、 取り憑かれて、 七竅から、 血を、 流して、 死んだ」。 正史。 「病気」。 「遺言。 私の、 金と、 財産は、 すべて、 国に、 返せ。 葬儀は、 簡単に」。 「孫権は、 それを、 聞いて、 また、 泣いた」。 呉。 「魯粛は、 天下二分。 呂蒙は、 長江の、 全部」。 「荊州を、 取って、 呉は、 60年、 続いた」。 「関羽を、 殺して、 劉備と、 戦った」。 「夷陵」。 「陸遜」。 呂蒙の、 後任が、 それも、 勝った。