← 地図で見る
Person / 人

マルクス・アントニウス

Marcus Antonius
BC83年 – BC30年(享年53・推定)
共和政ローマ重要度 4

概要

カエサルの腹心。クレオパトラと結んだが、アクティウムで敗れて自死した。

所属

共和政ローマ

関わったできごと(2)

第二回三頭政治とキケロの死BC43年 · 参加フィリッピの戦いBC42年10月23日 · 勝者

本文

カエサルの副官として有能だった。 ファルサルスでは左翼を任され、 暗殺後は葬儀の演説で群衆を動かした。

オクタウィアヌスと組んで政敵を粛清し、 帝国の東半分を担当した。 その東方で、クレオパトラと結ぶ。

ローマ側の宣伝は、 彼が東方の女王に籠絡されて祖国を捨てた、という筋で作られた。 実際には、東方遠征に必要な資金と穀物を握っていたのが エジプトだったという事情が大きい。

パルティア遠征に失敗し、 アクティウムで敗れ、アレクサンドリアで自死した。 彼の名は記録から抹消され(記憶の断罪)、 その像は倒された。

残った史料は、勝った側が書いたものになる。