概要
藤原倫寧の娘。「本朝三美人」と『尊卑分脈』。954年、兼家の妻に。翌年、道綱。兼家の正妻は時姫で、道長の母。夫の足が遠のき、他の女に子が生まれ、鳴滝の寺に籠もり、連れ戻された。『蜻蛉日記』。「あるかなきかの蜻蛉」。歌人としても『拾遺集』に。
関わったできごと(1)
『蜻蛉日記』AD974年(天延2年)頃 · 著者本文
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藤原倫寧の娘。「本朝三美人」と『尊卑分脈』。954年、兼家の妻に。翌年、道綱。兼家の正妻は時姫で、道長の母。夫の足が遠のき、他の女に子が生まれ、鳴滝の寺に籠もり、連れ戻された。『蜻蛉日記』。「あるかなきかの蜻蛉」。歌人としても『拾遺集』に。
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