概要
ピャスト家の最初の記録に残る君主。966年に洗礼を受け、ドイツの皇帝と戦ったり従ったりしながら、国をまとめた。死ぬ前に国を教皇に献じた文書が伝わる。
関わったできごと(1)
ポーランドの受洗AD966年 · 受洗本文
ピャスト家の最初の、記録に残る君主である。 それ以前の系譜は12世紀の年代記が並べただけで、確かめようがない。
ヴァルタ川のほとりのグニェズノとポズナンを中心に、 部族をまとめて国を作った。 ユダヤ人商人イブラーヒーム・イブン・ヤアクーブが 960年代にこの国を見て、3000の兵を持つと書いている。
965年にボヘミアの王女ドブラヴァを娶り、翌年に洗礼を受けた。 ドイツ皇帝オットー1世に貢納して従い、 その死後は皇帝の相手方について戦ったり、また従ったりした。
死の前に、自分の国を教皇に献じる文書を作った。 「ダゴメ・ユデクス」と呼ばれる。 ミェシュコ自身の名がダゴメと書かれた理由は、いまも分からない。