概要
ボルドーの法服貴族。ペルシア人の目でパリを描いた風刺で名を出し、20年かけて『法の精神』を書いた。権力を分けて互いに抑えさせる、という発想の元になる。
所属
フランス王国関わったできごと(1)
『法の精神』AD1748年 · 著者本文
ボルドーの法服貴族の家に生まれ、 高等法院の裁判官の職を受け継いだ。
『ペルシア人の手紙』で名を出す。
パリに来たペルシア人の目で、 フランスの社会を描いた風刺になる。
匿名で出したが、すぐに知れた。
裁判官の職を売って、ヨーロッパを旅した。
イギリスに2年いて、議会を見た。
そこから20年かけて『法の精神』を書く。
法は土地と気候と習俗に合わせて違う。
権力は分けて互いに抑えさせる。
教会は禁書にした。
アメリカの建国者たちが最も引用した著者になる。
奴隷制を論じた章がある。
奴隷制を擁護する議論を並べて、 読む者がその馬鹿馬鹿しさに気づく書き方になっている。
読み違えた人もいた。