概要
江戸の名主の末子で、養子に出され、戻された。英語教師としてロンドンに2年いて神経衰弱になった。帰って猫の話を書き、朝日新聞に入り、『三四郎』『それから』『こころ』。胃潰瘍で49歳。「則天去私」。
関わったできごと(1)
夏目漱石『吾輩は猫である』AD1905年1月1日 · 作者本文
夏目金之助。 牛込馬場下。 名主。 父直克、 50歳。 母千枝、 41歳。 「末子」。 「恥」。 「庚申の日に生まれた子は、 大泥棒になる」。 「金」を名前に。 里子。 四谷の古道具屋。 「夜店の、 がらくたの横で、 籠に入れられて」。 姉が、 見つけて、 連れ帰った。 1868年、 塩原昌之助の養子。 「塩原金之助」。 9歳、 養父母が離婚。 夏目の家へ。 「戸籍は、 塩原のまま」。 21歳まで。 「養父が、 金を、 せびりに来た」。 『道草』。 1916年。 「片付かない」。 1881年、 母が死んだ。 1884年、 大学予備門。 正岡子規。 「漱石」。 「漱石枕流」。 子規の、 号の、 一つを、 もらった。 1890年、 帝国大学英文科。 1893年、 卒業。 「英文学は、 私を、 騙した」。 高等師範。 1895年、 松山。 中学。 子規が、 松山に。 「愚陀仏庵」。 俳句。 1896年、 熊本。 第五高等学校。 中根鏡子と、 結婚。 「鏡子は、 朝、 起きられなかった」。 「鏡子は、 井戸に、 飛び込んだ」。 1900年9月、 ロンドン。 文部省留学。 「英語研究」。 年1800円。 「本を、 買った」。 「下宿」。 5回、 引っ越した。 「クレイグ先生」。 「シェイクスピア」。 「私は、 狭い、 部屋で、 本を、 読んだ」。 「神経衰弱」。 「漱石は、 発狂した」。 「電報」。 1903年1月、 帰国。 「鏡子は、 『帰ってきた夫は、 別人だった』」。 「暴力」。 「女中を、 殴った」。 「子供を」。 1905年、 猫。 1906年、 「木曜会」。 鈴木三重吉、 寺田寅彦、 森田草平、 小宮豊隆、 野上豊一郎、 安倍能成、 内田百閒、 芥川龍之介、 久米正雄。 1907年、 朝日。 『虞美人草』。 1908年、 『坑夫』 『三四郎』。 1909年、 『それから』。 満洲、 朝鮮。 『満韓ところどころ』。 1910年、 『門』。 6月、 胃潰瘍。 8月、 修善寺。 「大患」。 「30分、 死んでいた」。 「800グラムの、 吐血」。 「思い出す事など」。 1911年、 博士号を、 辞退。 「私は、 博士に、 なりたくない」。 1912年、 『彼岸過迄』 『行人』。 1914年、 『こころ』。 「先生と遺書」。 「私の心臓」。 「私は、 明治の精神に、 殉死する」。 乃木。 1914年11月、 学習院。 「私の個人主義」。 「自己本位」。 1915年、 『硝子戸の中』 『道草』。 1916年、 『明暗』。 「則天去私」。 「天に則り、 私を去る」。 「木曜会で、 言った」。 「明暗」は、 188回で、 止まった。 12月9日。 49歳。 「胃潰瘍」。 「内出血」。 「死ぬと、 困る」。 「最後の言葉」。 「脳は、 東大に」。 「1425グラム」。 「いまも、 ある」。 「千円札」。 1984年から2004年。 「猫」。 「坊っちゃん」。 「こころ」。 「教科書」。 「日本で、 一番、 読まれた」。 「読まされた」。 「両方」。