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Person / 人

ジュリウス・ニエレレ

Julius Nyerere
AD1922年4月13日 – AD1999年10月14日(享年77)
タンザニア重要度 3

概要

独自の社会主義を試みて経済は行き詰まったが、自ら退いた。アフリカで在任中に平和的に権力を手放した早い例。

関わったできごと(1)

アフリカの年AD1960年 · タンガニーカ側

本文

教師出身で、生涯「ムワリム(先生)」と呼ばれた。

ウジャマー(家族的共同体)という独自の社会主義を掲げ、 農村を集団化した。 村へ人を移す政策は強制を伴い、経済は行き詰まった。 本人が後年、失敗だったと認めている。

一方で、やり遂げたこともある。 120を超える民族がいる国で、 スワヒリ語を共通語として教育に据えた。 民族対立が国を割ることを避けた。

識字率を1割台から8割台まで上げた。

そして1985年、自分から退いた。 アフリカで、在任中の指導者が 選挙を経て平和的に権力を手放した早い例になる。

経済政策の評価は低い。 権力の手放し方の評価は高い。