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Person / 人

ロザリンド・フランクリン

Rosalind Franklin
AD1920年7月25日 – AD1958年4月16日(享年37)
イギリス重要度 4

概要

X線でDNAを撮った「51番写真」が二重らせんの決め手になった。本人に断りなく見せられたものだった。37歳で死に、ノーベル賞の対象にならなかった。

関わったできごと(1)

DNAの二重らせんAD1953年 · 撮影

本文

パリで石炭の構造をX線で調べる技術を身につけ、 1951年にキングス・カレッジ・ロンドンへ移った。 DNAの繊維に湿度を与えて結晶性を高め、 それまでにない鮮明な回折像を得ている。

職場の人間関係はうまくいかなかった。 着任時に、同僚のウィルキンズとどちらが何を担当するのかが はっきり決められていなかったことが尾を引いている。

51番写真はウィルキンズがワトソンに見せた。 本人の了解は無かった。彼女自身も同じ像から らせん構造を導きつつあったが、慎重に検証を重ねていた。

DNAを離れてウイルスの構造研究に移り、成果を上げた。 1958年、卵巣がんで死んだ。37歳。 X線を扱った時間の長さとの関係は、推測の域を出ない。