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Person / 人

最澄

Saichō
AD767年 – AD822年(享年55・推定)
日本重要度 3

概要

比叡山に天台宗を開いた。奈良の大寺と論争し、独立した戒壇を求めつづけ、死後7日目に認められる。

関わったできごと(1)

最澄と空海の入唐AD804年 · 渡唐

本文

近江の豪族の家に生まれ、 19歳で東大寺で受戒したあと、 比叡山に入って小屋を建てた。

都から離れて、ひとりで修行した。

794年、都が平安京に移る。

比叡山は、その都の北東にあった。

鬼門を守る山として、桓武天皇に見出される。

804年、遣唐使に加わって唐へ渡った。

天台山で天台の教えを受け、 帰国して天台宗を開く。

同じ船団に空海がいた。

帰ってから、奈良の大寺と論争した。

争点は、誰が僧を認めるかにある。

奈良の戒壇を通さず、 比叡山で独自に僧を作ることを求めた。

生きているうちには、許されなかった。

死んで7日目に、勅許が下りる。

比叡山は、以後の日本の仏教の ほとんどの宗派を出す母山になった。