概要
比叡山に天台宗を開いた。奈良の大寺と論争し、独立した戒壇を求めつづけ、死後7日目に認められる。
関わったできごと(1)
最澄と空海の入唐AD804年 · 渡唐本文
近江の豪族の家に生まれ、 19歳で東大寺で受戒したあと、 比叡山に入って小屋を建てた。
都から離れて、ひとりで修行した。
794年、都が平安京に移る。
比叡山は、その都の北東にあった。
鬼門を守る山として、桓武天皇に見出される。
804年、遣唐使に加わって唐へ渡った。
天台山で天台の教えを受け、 帰国して天台宗を開く。
同じ船団に空海がいた。
帰ってから、奈良の大寺と論争した。
争点は、誰が僧を認めるかにある。
奈良の戒壇を通さず、 比叡山で独自に僧を作ることを求めた。
生きているうちには、許されなかった。
死んで7日目に、勅許が下りる。
比叡山は、以後の日本の仏教の ほとんどの宗派を出す母山になった。