概要
藩を脱けた浪士でありながら、薩摩と長州を結びつけた。大政奉還の直後に暗殺される。
本文
土佐の郷士——上士の下に置かれた身分の家に生まれた。 脱藩して勝海舟の弟子になり、 海軍操練所、次いで亀山社中(後の海援隊)を作る。
藩に属さないことが強みになった。 薩摩の名義で長州に武器を回し、 長州の米を薩摩に送る。 どちらにも顔が利く立場は、他に代わりがいなかった。
大政奉還の建白は、後藤象二郎を通じて土佐藩から出された。 その1か月後に暗殺される。33歳。
生前の知名度は高くない。 明治になっても長く忘れられており、 1883年の新聞小説と、戦後の司馬遼太郎の作品で いまの英雄像が形づくられた。