概要
最後の将軍。政権を自ら朝廷へ返し、鳥羽伏見の敗北後は戦わずに退いた。
関わったできごと(2)
大政奉還1867年11月9日(慶応3年10月14日) · 当人鳥羽・伏見の戦い1868年1月27日(慶応4年1月3日) · 旧幕府側本文
水戸徳川家の出で、一橋家に養子に入った。 将軍継嗣争いでは、井伊直弼に退けられた側になる。
将軍になったのは1866年、幕府が既に傾いた後だった。 在職は1年に満たない。
大政奉還は、政権を返すことで 討幕の名分を消し、諸侯会議で主導権を残す構想だった。 筋は通っていたが、相手はそれを潰す手を打った。
鳥羽・伏見で敗れると、 兵を大坂に残したまま江戸へ帰った。 朝敵になることを避けたとされるが、 残された側からは見捨てられた形になる。
その後30年、政治から離れて 写真、狩猟、自転車、油絵に時間を使った。 1913年まで生き、76歳で死ぬ。 維新の当事者では最も長く生きた一人になる。