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Person / 人

徳川慶喜

Tokugawa Yoshinobu
1837年 – 1913年(享年76・推定)
江戸幕府重要度 5

概要

最後の将軍。政権を自ら朝廷へ返し、鳥羽伏見の敗北後は戦わずに退いた。

関わったできごと(2)

大政奉還1867年11月9日(慶応3年10月14日) · 当人鳥羽・伏見の戦い1868年1月27日(慶応4年1月3日) · 旧幕府側

本文

水戸徳川家の出で、一橋家に養子に入った。 将軍継嗣争いでは、井伊直弼に退けられた側になる。

将軍になったのは1866年、幕府が既に傾いた後だった。 在職は1年に満たない。

大政奉還は、政権を返すことで 討幕の名分を消し、諸侯会議で主導権を残す構想だった。 筋は通っていたが、相手はそれを潰す手を打った。

鳥羽・伏見で敗れると、 兵を大坂に残したまま江戸へ帰った。 朝敵になることを避けたとされるが、 残された側からは見捨てられた形になる。

その後30年、政治から離れて 写真、狩猟、自転車、油絵に時間を使った。 1913年まで生き、76歳で死ぬ。 維新の当事者では最も長く生きた一人になる。