← 地図で見る
Person / 人

エミリアーノ・サパタ

Emiliano Zapata
AD1879年8月8日 – AD1919年4月10日(享年39)
メキシコ重要度 3

概要

「土地と自由」。奪われた共有地を村へ返せと要求しつづけ、和解の席に誘い出されて殺された。

関わったできごと(1)

メキシコ革命1910年 · 南部の農民を率いた

本文

メキシコ南部の農村に生まれた。

村の共有地が、大農園に取り上げられていた。

その返還を求めることから始めている。

「土地と自由」を掲げた。

アヤラ綱領で、 奪われた土地を村へ返せと要求した。

革命の指導者が次々に交代するなか、 その要求だけを変えなかった。

誰が大統領になっても、 土地を返さなければ戦い続けた。

だから、どの政権とも組めない。

和解を持ちかけられ、 その席に誘い出されて撃たれた。

罠だった。

死後、その名が農民運動の象徴になる。

1994年、チアパスで蜂起した集団が 「サパティスタ民族解放軍」を名乗った。

75年後になる。