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Person / 人

周瑜

Zhou Yu
AD175年 – AD210年(享年35・推定)
重要度 3

概要

赤壁で曹操の大軍を火で破った呉の将軍。美貌と音楽の才で知られ、36歳で病死した。演義では諸葛亮に嫉妬する人物に書き換えられている。

所属

本文

廬江の名門に生まれた。

孫策と同い年で、親友だった。

二人で橋公の娘を娶った。

孫策が大喬、周瑜が小喬。

孫策が死ぬと、弟の孫権を支えた。

208年、曹操が南下した。

降伏論が多数だった。

周瑜が主戦論を張った。

曹操の兵は北方の人で、水に慣れず、 疫病が出ている、と。

3万で、赤壁に向かった。

黄蓋の偽装投降と、火。

風が吹いた。

曹操の船団が燃えた。

演義は、諸葛亮が風を祈ったことにしている。

史書では、周瑜の戦いになる。

翌々年、蜀を取る計画を進めていた。

その途中、36歳で病死した。

音楽に通じていた。

酒の席で演奏に誤りがあると、必ず振り向いた。

「曲に誤りあれば、周郎顧みる」。

演義は、諸葛亮に嫉妬して憤死する人物に変えた。