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Event / できごと

ピュドナの戦い

Battle of Pydna
BC168年6月22日
重要度 5

概要

ローマがマケドニア王国を滅ぼした。ファランクスがレギオンに敗れ、ヘレニズム世界はローマの手に落ちていく。

場所

ピュドナ
40.38°N 22.62°E · ギリシア・ピエリア

関わった人(1)

ペルセウスBC212年頃–BC166年 · マケドニア側 · 総指揮

本文

マケドニアのファランクスは、5メートルを超える長槍を 密集して前に向ける。正面からは崩せない。

ピュドナでも、当初はローマ側が押された。 崩れたのは地形による。 起伏のある土地を進むうちに密集が乱れ、 隙間ができた。

ローマの軍団は、その隙間に小隊単位で入り込んだ。 懐に入られると長槍は使えない。 一時間で決着したと史料は書く。

密集の力に頼る戦い方が、 柔軟に分かれて動く戦い方に敗れた例として語られる。 マケドニア王国は解体され、 アレクサンドロスの後継国家のうち二つ目が消えた。

出典(2)

ティトゥス・リウィウス ローマ建国以来の歴史第44巻 40–42
塩野七生 ローマ人の物語II ハンニバル戦記

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ハンニバルの死BC183年(一説にBC181年)呉楚七国の乱BC154年