概要
女性でファラオを名乗り、交易で栄えた20年。死後、その名は記念物から削り取られた。
場所
デイル・エル・バハリ
25.74°N 32.61°E · エジプト・ルクソール
25.74°N 32.61°E · エジプト・ルクソール
関わった人(1)
ハトシェプスト?–BC1458年頃 · 当人本文
甥(義理の息子)トトメス3世の摂政として始まり、 数年のうちに自らファラオを名乗った。
治世20年は、戦争ではなく交易で知られる。 プントの地(紅海沿岸のどこか)へ船団を送り、 没薬の木を根ごと持ち帰って植えた。 その航海の様子が、デイル・エル・バハリの神殿の壁に彫られている。
像の多くは、付け髭をつけた男性の姿で作られた。 ファラオという地位に「女性」の形が用意されていなかったためになる。
死後数十年たってから、 記念物から名前と像が削り取られた。 削ったのはトトメス3世とされるが、 恨みによるものではなく、 王位の継承を男系だけの並びに整えるための 政治的な措置だったという見方が有力になっている。
削られたことで、3000年後まで名前が忘れられた。