概要
湯王が夏の桀を倒したと伝わる。考古学で確かめられる中国最古の王朝で、青銅器と甲骨文字と人身供犠を残した。
場所
殷墟
36.13°N 114.31°E · 中国・河南省安陽
36.13°N 114.31°E · 中国・河南省安陽
本文
夏の最後の王・桀が暴政を敷き、 湯が諸侯を率いて倒した、と伝わる。
鳴条の戦い。
夏そのものは、考古学でまだ確かめられていない。
二里頭の遺跡がそれだ、という説がある。
殷は確かめられた。
甲骨文字に王の名が並び、 『史記』の系図とほぼ一致した。
20世紀の初めまで、殷も伝説とされていた。
青銅器を作った。
酒と肉を神に捧げる器。
その量と技術が、同時代のどこにも無い。
人を殺して埋めた。
王の墓に、数百人。
甲骨で占った。
亀の腹甲や牛の骨を焼き、 ひびの形で吉凶を読み、結果を刻む。
雨、収穫、戦争、出産、歯の痛み。
王は、祖先の霊を通して天と話した。
その祖先崇拝が、以後の中国の柱になる。
出典(1)
ウィリアム・H・マクニール(増田義郎、佐々木昭夫 訳) 『世界史』第I部 ユーラシア大文明の誕生とその発展(BC500年まで)