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Person / 人

アブド・アッラフマーン1世

Abd al-Rahman I
AD731年 – AD788年(享年57・推定)
後ウマイヤ朝重要度 4

概要

ダマスクスで一族が殺されたとき、20歳で逃げた。5年かけて北アフリカを横切り、イベリアに国を建てる。故郷を偲ぶ棕櫚の詩が残る。

関わったできごと(1)

コルドバの大モスクAD785年(着工) · 命令

本文

20歳のとき、一族が殺された。

アッバース朝の革命で、 ウマイヤ家の男は宴に招かれてそこで殺されている。

彼は弟と逃げた。

ユーフラテスを泳いで渡ったとき、 弟は引き返して殺された、と伝わる。

5年かけて、パレスチナから北アフリカを西へ移動した。

母がベルベル人で、その一族を頼っている。

イベリアには、ウマイヤ朝時代からのシリア兵がいた。

その支持を集めて上陸し、 756年にコルドバの総督を破った。

アッバース朝が送った軍を退け、 その指揮官たちの首をカリフに送りつけた。

カリフが「あの男と海を隔てていてよかった」と言ったと伝わる。

コルドバに宮殿を建て、モスクを建てはじめた。

庭に棕櫚を植え、その木に詩を詠んでいる。

「お前も私と同じように、故郷から遠く離れている」。