概要
マラトンとサラミスで戦った兵士で、悲劇の父。役者を二人にして対話を作った。墓碑には戦ったことだけが刻まれ、劇のことは書かれなかった。禿げた頭を石と間違えた鷲が亀を落として死んだ、という話がある。
所属
アテナイ関わったできごと(1)
アイスキュロス『ペルシア人』BC472年 · 作者本文
エレウシスの貴族の家に生まれた。 BC490年、マラトンで戦った。 弟のキュネゲイロスがペルシアの船を掴んで手を斬られて死んだ話は、 ヘロドトスにある。 BC480年、サラミスでも戦ったとされる。
悲劇に二人目の役者を入れた。 それまで一人の役者と合唱隊だけだった。 二人になると、対話ができる。 アリストテレスは「合唱隊を減らし、台詞を主にした」と書いた。
13回優勝した。 残るのは7篇。 『ペルシア人』『テーバイ攻めの七将』『救いを求める女たち』 『縛られたプロメテウス』、 そして三部作『オレステイア』。 アガメムノンが殺され、息子が母を殺し、 その息子がアテナイの法廷で裁かれて許される。 血の復讐が、裁判に変わる話になっている。
BC456年、シチリアのゲラで死んだ。 鷲が亀を割ろうとして、禿げた頭を石と間違えて落とした、と伝わる。 自分で作った墓碑には、 マラトンで戦ったことだけが刻まれ、劇のことは一言もない。