概要
サラミスから8年、自分も戦った作者が、負けたペルシアの側から海戦を描いた。現存する最古の悲劇で、実在の事件を扱った唯一のもの。勝った街で、負けた者の嘆きを上演した。
場所
アテナイ
37.98°N 23.73°E · ギリシア・アッティカ
37.98°N 23.73°E · ギリシア・アッティカ
関わった人(1)
アイスキュロスBC525年頃–BC456年 · 作者本文
サラミスの海戦から8年後、アテナイの劇場で上演された。 制作の費用を出したのは、若いペリクレスだった。
舞台はペルシアの都スサ。 長老たちが遠征の知らせを待ち、使者が来て敗戦を告げ、 王母アトッサが嘆き、先王ダレイオスの亡霊が現れて息子の傲慢を責め、 最後にクセルクセスが引き裂いた衣で戻ってくる。
ギリシア人は一人も名前で出てこない。 勝った側が、負けた側の悲しみを、負けた側の目で描いた。 神を恐れぬ者は罰される、という話にしてある。
現存する33の悲劇のうち、最も古い。 神話ではなく実際の事件を扱ったものは、これ一つだけになる。 アイスキュロス自身がサラミスで戦った、と伝記は言う。 海戦の描写は、目で見た者の書き方をしている。