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Person / 人

アルクィン

Alcuin of York
AD735年頃 – AD804年(享年69・推定)
フランク王国重要度 3

概要

ヨークの学校で学び、カール大帝に招かれてアーヘンの宮廷学校を率いた。七自由学芸を教え、写本の書体を整え、皇帝に「アイルランドの民の声は神の声、と言う者がいるが、群衆の声は狂気に近い」と手紙を書いた。

所属

フランク王国

関わったできごと(1)

アーヘンの宮廷学校AD782年 · 校長

本文

アルクィヌス。アルヒウィネ。 ノーサンブリア。 ヨークの大聖堂学校で、 エグベルトとエルベルトに学んだ。 エルベルトが大司教になり、 アルクィンが学校を継いだ。 図書館。 「ヨークには、ローマにもない本がある」と自分で書いた。

781年、パルマ。 782年、アーヘン。 「フラックス」。 ホラティウスの名。 カールは「ダビデ」、 アンギルベルトは「ホメロス」、 エインハルトは「ベゼレル」。 宮廷の遊び。

『フラックスの文法』『修辞学と徳について』『弁証法』 『正書法』。 書き方の本。 「hとchを間違えるな」。 『ピピンとアルビヌスの問答』。 カールの子ピピンとの対話の形。 「太陽とは何か。 世界の光、天の飾り、自然の美、 時の分割、日の巡り」。 「人とは何か。 死の奴隷、通りすがりの旅人、その場の客」。

聖書の校訂。 ウルガタの写本を集めて直した。 「トゥールの聖書」。 典礼の統一。 ローマの秘蹟書に、フランクの補遺。

『一般訓令』を書いたのは彼だ、と言われる。 789年。

ザクセン。 カールが強制改宗させたことを、手紙で責めた。 「信仰は自由意志のもの。強いられるものではない。 洗礼の前に教えよ」。 「十分の一税を、改宗したばかりの民に課すな」。 アヴァール人についても同じ。 聞かれなかった。

796年、トゥールのサン・マルタン修道院長。 写字室。 カロリング小文字体。 弟子。 ラバヌス・マウルス、 フリドゥギスス、 アマラリウス。

800年、皇帝戴冠。 アルクィンはトゥールにいた。 賛成だった。 「二本の剣。 教皇の霊的な剣と、皇帝の世俗の剣」。

804年5月19日、聖霊降臨祭に死んだ。 最初は「聖霊降臨祭に死にたい」と言っていた。 そうなった。