概要
ヨークの学校で学び、カール大帝に招かれてアーヘンの宮廷学校を率いた。七自由学芸を教え、写本の書体を整え、皇帝に「アイルランドの民の声は神の声、と言う者がいるが、群衆の声は狂気に近い」と手紙を書いた。
所属
フランク王国関わったできごと(1)
アーヘンの宮廷学校AD782年 · 校長本文
アルクィヌス。アルヒウィネ。 ノーサンブリア。 ヨークの大聖堂学校で、 エグベルトとエルベルトに学んだ。 エルベルトが大司教になり、 アルクィンが学校を継いだ。 図書館。 「ヨークには、ローマにもない本がある」と自分で書いた。
781年、パルマ。 782年、アーヘン。 「フラックス」。 ホラティウスの名。 カールは「ダビデ」、 アンギルベルトは「ホメロス」、 エインハルトは「ベゼレル」。 宮廷の遊び。
『フラックスの文法』『修辞学と徳について』『弁証法』 『正書法』。 書き方の本。 「hとchを間違えるな」。 『ピピンとアルビヌスの問答』。 カールの子ピピンとの対話の形。 「太陽とは何か。 世界の光、天の飾り、自然の美、 時の分割、日の巡り」。 「人とは何か。 死の奴隷、通りすがりの旅人、その場の客」。
聖書の校訂。 ウルガタの写本を集めて直した。 「トゥールの聖書」。 典礼の統一。 ローマの秘蹟書に、フランクの補遺。
『一般訓令』を書いたのは彼だ、と言われる。 789年。
ザクセン。 カールが強制改宗させたことを、手紙で責めた。 「信仰は自由意志のもの。強いられるものではない。 洗礼の前に教えよ」。 「十分の一税を、改宗したばかりの民に課すな」。 アヴァール人についても同じ。 聞かれなかった。
796年、トゥールのサン・マルタン修道院長。 写字室。 カロリング小文字体。 弟子。 ラバヌス・マウルス、 フリドゥギスス、 アマラリウス。
800年、皇帝戴冠。 アルクィンはトゥールにいた。 賛成だった。 「二本の剣。 教皇の霊的な剣と、皇帝の世俗の剣」。
804年5月19日、聖霊降臨祭に死んだ。 最初は「聖霊降臨祭に死にたい」と言っていた。 そうなった。