概要
不可触民として生まれ、憲法起草委員長になった。カースト制度そのものの否定を主張し、ガンディーと対立する。
関わったできごと(1)
インドの独立AD1947年8月15日 · 憲法の起草本文
不可触民(ダリト)の家に生まれた。
学校で、他の生徒と同じ場所に座れない。 水も、自分で汲めない。 上位カーストの用務員が注いでくれるのを待つ。
いなければ、その日は飲めない。
そこから、コロンビア大学とロンドン大学で 経済学の博士号を取った。
インドで最も学歴の高い人物の一人になる。
ガンディーと対立した。
ガンディーは、カースト制度の中で 不可触民の地位を改善しようとした。
アンベードカルは、制度そのものの否定を主張した。
「私はヒンドゥーとして生まれたが、 ヒンドゥーとしては死なない」。
憲法起草委員長になり、 不可触民制の禁止を条文に入れた。
死の2か月前、 数十万人とともに仏教へ改宗した。