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Person / 人

アミルカル・カブラル

Amílcar Cabral
AD1924年9月12日 – AD1973年1月20日(享年48)
ギニアビサウ重要度 3

概要

農学者から独立運動の指導者になった。解放区で学校と診療所を先に作る方法を取る。独立の8か月前に暗殺される。

関わったできごと(1)

ポルトガル領の独立AD1975年 · その8か月前に暗殺された

本文

農学者として出発した。

ポルトガル領ギニアで農業調査を担当し、 そのために全土を歩いた。

村ごとの土地と生業と人間関係を、 仕事として把握することになる。

その知識が、後の組織づくりに使われた。

独立戦争で、やり方が特徴的だった。

解放区で、まず学校と診療所を作った。

「文化は抵抗の武器である」と書いている。

同時に、自分たちの側の欠点も批判した。

「誰にも嘘をつくな。安易な勝利を主張するな」。

理論家としても知られる。

被支配のもとで、 知識人が自らの階級を「裏切る」必要がある、と論じた。

独立の8か月前、暗殺された。

実行したのは、自分の組織の内部の人間になる。