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Person / 人

アウラングゼーブ

Aurangzeb
AD1618年11月3日 – AD1707年3月3日(享年88)
ムガル帝国重要度 4

概要

ムガルの版図を最大にした。同時に人頭税を復活させ、各地の反発で帝国は内側から割れていく。

所属

ムガル帝国

関わったできごと(1)

アウラングゼーブの治世1658年 · 当人

本文

兄たちを倒し、父を幽閉して位に就いた。

在位49年。版図はムガル史上最大になる。

質素な生活をした。 クルアーンを写して、その筆耕料で暮らしたと伝わる。

同時に、異教徒への人頭税を復活させた。 アクバルが廃止して100年たっていた。

ヒンドゥー寺院の破壊も行われた。 一方で、いくつかの寺院には寄進もしている。

評価が分かれる材料が、両方残っている。

デカンでの戦いが26年続いた。

遠征に出たまま帰らず、 財政が尽きていく。

マラーター、シク、ラージプート。 各地で抵抗が続いた。

死の直前の手紙に、 「私は一人で来て、一人で去る。 何をなしたのか分からない」と書いている。

死後50年で、ムガルは名目だけになる。