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Person / 人

ヨハン・ゼバスティアン・バッハ

Johann Sebastian Bach
AD1685年3月31日 – AD1750年7月28日(享年65)
神聖ローマ帝国重要度 4

概要

教会の勤めとして毎週カンタータを書いた。死後は忘れられ、80年後にメンデルスゾーンが掘り起こす。

所属

神聖ローマ帝国

関わったできごと(1)

『マタイ受難曲』AD1727年 · 作曲

本文

教会と宮廷の勤め人だった。

ライプツィヒの聖トマス教会で、 毎週の礼拝のためのカンタータを書いた。

数年で、200曲以上になる。

締切に追われる仕事になる。

生前、「オルガンの名手」として知られていた。 作曲家としての評価は、それほど高くない。

古い書き方をしていると見られていた。

20人の子がいた。半数が幼くして死んでいる。

死後、その作品は忘れられた。

息子たちの世代の音楽が主流になり、 父の書法は時代遅れとされる。

1829年、20歳のメンデルスゾーンが 『マタイ受難曲』を再演した。

79年ぶりになる。

そこから、再評価が始まる。

いま最も演奏される作曲家の一人が、 一度ほぼ完全に忘れられていた。