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Event / できごと

『マタイ受難曲』

St Matthew Passion
AD1727年
重要度 4

概要

教会の勤めとして書かれ、そのまま忘れられた。100年後にメンデルスゾーンが再演して蘇る。

場所

ライプツィヒ
51.34°N 12.37°E · ドイツ

関わった人(1)

ヨハン・ゼバスティアン・バッハAD1685年3月31日–AD1750年7月28日 · 作曲

本文

バッハが、ライプツィヒの教会の勤めとして書いた。

受難週の礼拝で演奏するためのものになる。

二群の合唱と二群の管弦楽が、 向かい合って掛け合う。

規模が大きい。演奏に3時間近くかかる。

初演の後、数回演奏されて、忘れられた。

バッハ自身、当時は 「オルガンの名手」として知られていた。 作曲家としての評価は高くない。

死後、その作品は 息子たちの世代の音楽に取って代わられた。

1829年、20歳のメンデルスゾーンが再演した。 100年後になる。

そこから、バッハの再評価が始まる。

いま最も演奏される作曲家の一人が、 一度ほぼ完全に忘れられていた。

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