概要
スウェーデンの遠征軍がロシアに壊滅した。王はオスマンへ逃げて5年帰らない。バルト海の主が、この一戦で入れ替わる。
場所
ポルタヴァ
49.59°N 34.55°E · ウクライナ
49.59°N 34.55°E · ウクライナ
関わった人(2)
カール12世AD1682年6月17日–AD1718年11月30日 · 総指揮。敗走ピョートル1世AD1672年6月9日–AD1725年2月8日 · 総指揮本文
スウェーデン軍は、ロシアの奥へ来ていた。
前の冬が、ヨーロッパで500年ぶりの寒さだった。
兵の三分の一が凍傷で失われている。
王は負傷して担架に乗っていた。
夜明け前、ロシアの野戦堡塁の列を突破しようとした。
一部の隊が堡塁に取りついて時間を失い、 主力と分かれた。
分かれたまま、ロシアの本隊に当たった。
数は二倍以上。
砲の数は、ロシアが圧倒していた。
二時間で崩れた。
王はドニエプル川を渡って オスマンの領土へ逃げた。
残った軍は、三日後に降伏する。
バルト海の主が、この一戦で入れ替わった。
ピョートルは、この年から サンクトペテルブルクの建設を本格化させる。
王は、オスマンに5年留まった。