概要
沼地に西欧向けの窓として都を築いた。ロシアが強引にヨーロッパの一員になろうとする。
場所
サンクトペテルブルク
59.93°N 30.36°E · ロシア
59.93°N 30.36°E · ロシア
関わった人(1)
ピョートル1世AD1672年6月9日–AD1725年2月8日 · 当人本文
沼地に、都を築いた。
ピョートル1世が、 バルト海への出口を得るためにこの位置を選んだ。
条件は最悪だった。 湿地で、洪水が起き、冬は凍る。
数万人の労働者が動員され、 多数が死んだとされる。 「骨の上に建てられた都市」と呼ばれる。
設計は西欧風にした。 イタリアとフランスの建築家を招き、 運河を掘り、直線の大通りを引く。
貴族に、モスクワからの移住を命じた。 西欧風の服装と、髭を剃ることも。
髭を残したい者には税を課した。
ロシアが、強引にヨーロッパの一員になろうとした。
その無理が、 西欧派とスラヴ派の対立として 19世紀まで尾を引く。