概要
女性が世俗の学問に耽るのは本分から外れる、という司教の書簡に反論した。禁じる根拠は聖書に無い、台所でも哲学はできる、と。その後、筆を折る。
場所
テノチティトラン
19.43°N -99.13°E · メキシコ・メキシコシティ
19.43°N -99.13°E · メキシコ・メキシコシティ
関わった人(1)
ソル・フアナ・イネス・デ・ラ・クルスAD1648年11月12日–AD1695年4月17日 · 著者本文
プエブラの司教が、匿名で書簡を送ってきた。
「フィロテア修道女」の名で。
女性が世俗の学問に耽るのは本分から外れている、 神学に向かえ、と。
返答を書いた。
まず、自分は好きで学んでいるのではない、と言う。
3歳で読み書きを覚えたときから、 知りたいという性向を止められなかった。
罰として本を取り上げられた3か月、 それでも周りのものを観察していた、と。
女性が学ぶことを禁じる根拠は聖書に無い、と論じる。
聖書の中の学識ある女性を並べる。
そして書く。
台所でも哲学はできる。
卵が油で固まり、砂糖が水で溶ける。 アリストテレスが料理をしていれば、もっと多く書けただろう。
「私が女でなかったら」とは言わない。
女であることを前提に、権利を主張した。
その後、蔵書4000冊と楽器を売り、貧者に与えた。
2年後、疫病で死ぬ。