概要
和算を代数の水準へ進めた。行列式にあたる考えは、ライプニッツとほぼ同時期に、互いを知らないまま到達している。
場所
江戸
35.69°N 139.75°E · 日本・東京都(江戸城=現在の皇居)
35.69°N 139.75°E · 日本・東京都(江戸城=現在の皇居)
関わった人(1)
関孝和AD1642年頃(1637年説もある)–AD1708年12月5日 · 著者本文
それまでの和算は、 一つの未知数を扱う問題までしか解けなかった。
関孝和がやったのは、 複数の未知数を記号で扱い、 消去して一つにまとめる方法(傍書法・点竄術)になる。
漢字を縦書きする文化のなかで、 式を書き表す独自の記法を作った。
行列式にあたる考えにも到達している。 ライプニッツがほぼ同じ時期に同じ考えに至っているが、 互いを知らない。
出版した『発微算法』は、 答えだけを書いて過程を省いたため批判された。 弟子が後に解説書を出している。
和算は、寺社に額を奉納する形で問題を出し合う 「算額」という習慣を持っていた。 解けたら次の問題を掲げる。 趣味として広く行われた数学になる。
その一方で、外の世界とは繋がらなかった。