概要
和算を高い水準に押し上げた。行列式にあたるものを、ライプニッツとほぼ同じ頃に、互いを知らないまま書いている。
関わったできごと(1)
『発微算法』AD1674年 · 著者本文
生年に諸説あり、1642年説と1637年説がある。 甲府藩、のち幕府の勘定方に仕えた。
和算では、それまで一つの未知数しか扱えなかった。 関孝和は、複数の未知数を記号で表し、 消去して解く方法を作った。
行列式にあたる考えにも到達している。 ライプニッツとほぼ同時期で、互いを知らない。
ベルヌーイ数を、ヤコブ・ベルヌーイより先に扱っている。 円周率も、11桁まで正しく求めた。
弟子への教え方が厳しく、 免許を与えるのに何年もかけたと伝わる。
出版した本は少ない。 研究の多くは写本として弟子に伝えられ、 関流という学派になった。
外の世界とは繋がらなかった。 同じ時期にヨーロッパで起きていたことを知らず、 向こうもこちらを知らない。