概要
清の版図が最大になった。祖父の在位年数を超えないよう60年で退位する。この先に西洋との摩擦が待っている。
場所
北京
39.90°N 116.41°E · 中国
39.90°N 116.41°E · 中国
関わった人(1)
乾隆帝AD1711年9月25日–AD1799年2月7日 · 当人本文
清の版図が最大になった。
新疆を平定し、チベット、モンゴル、 そして中国本土を合わせた広さになる。
いまの中国の領域は、 おおむねこの時期に定まった。
文化事業も大規模だった。 『四庫全書』を編纂し、 古今の書物を集めて写させた。
同時に、その過程で 清に不都合な書物を検閲し、焼いた。 「文字の獄」も行われている。
集めることと、消すことが同じ事業で行われた。
祖父の康熙帝の在位61年を超えないよう、 60年で自ら退位した。 ただし、その後も実権は握り続けている。
治世の後半、財政が傾いた。 寵臣の和珅が莫大な蓄財をしている。
そして、イギリスの使節が来る。
出典(1)
ケネス・ポメランツ(川北稔 監訳) 『大分岐 中国、ヨーロッパ、そして近代世界経済の形成』第1章(ヨーロッパの先進性という神話)