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Event / できごと

乾隆帝の治世

Reign of the Qianlong Emperor
1735年 – 1796年
期間を持つできごと重要度 4

概要

清の版図が最大になった。祖父の在位年数を超えないよう60年で退位する。この先に西洋との摩擦が待っている。

場所

北京
39.90°N 116.41°E · 中国

関わった人(1)

乾隆帝AD1711年9月25日–AD1799年2月7日 · 当人

本文

清の版図が最大になった。

新疆を平定し、チベット、モンゴル、 そして中国本土を合わせた広さになる。

いまの中国の領域は、 おおむねこの時期に定まった。

文化事業も大規模だった。 『四庫全書』を編纂し、 古今の書物を集めて写させた。

同時に、その過程で 清に不都合な書物を検閲し、焼いた。 「文字の獄」も行われている。

集めることと、消すことが同じ事業で行われた。

祖父の康熙帝の在位61年を超えないよう、 60年で自ら退位した。 ただし、その後も実権は握り続けている。

治世の後半、財政が傾いた。 寵臣の和珅が莫大な蓄財をしている。

そして、イギリスの使節が来る。

出典(1)

ケネス・ポメランツ(川北稔 監訳) 大分岐 中国、ヨーロッパ、そして近代世界経済の形成第1章(ヨーロッパの先進性という神話)

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