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Person / 人

乾隆帝

Qianlong Emperor
AD1711年9月25日 – AD1799年2月7日(享年87)
重要度 4

概要

清の版図を最大にした。祖父を超えないよう60年で自ら退位する。その先に西洋との摩擦が待っていた。

所属

関わったできごと(1)

乾隆帝の治世1735年 · 当人

本文

25歳で即位し、60年在位した。

祖父康熙帝の61年を超えないよう、 自ら退位している。 ただし、その後も実権は握り続けた。

版図が最大になった。

新疆を平定し、チベット、モンゴルを含めて、 いまの中国の領域がおおむね定まる。

その平定の過程で、 ジュンガルを事実上絶滅させた。

『四庫全書』を編纂させた。

古今の書物を集めて写す事業になる。 7部作られ、各地に置かれた。

同時に、その過程で検閲が行われた。 清に不都合な書物が焼かれている。

集めることと、消すことが同じ事業で行われた。

治世の後半、寵臣の和珅が莫大な蓄財をした。

そして1793年、 イギリスのマカートニー使節が来る。

貿易の拡大を断った。

その47年後、アヘン戦争になる。