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Person / 人

菩提達磨

Bodhidharma
? – ?
重要度 4

概要

禅の初祖。南インドの王子、あるいはペルシア人。「不立文字、教外別伝、直指人心、見性成仏」。武帝との問答、葦の葉、面壁九年、慧可の断臂、片方の履を持って西へ帰った。すべて後の禅宗が作った。『洛陽伽藍記』の「西域の沙門菩提達磨、150歳」が唯一の同時代の記録。日本のだるまは彼。

関わったできごと(1)

達磨の渡来(伝承)AD520年頃(伝承) · 初祖

本文

菩提達磨。 ボーディダルマ。 「菩提」は悟り、「達磨」は法。 『洛陽伽藍記』。「ペルシア国の胡人」。「150歳」。 『続高僧伝』。「南天竺のバラモン種」。「宋の時代に、南越に来た」。「北魏へ」。「嵩洛に遊んだ」。「壁観」。「二入四行」。理入と行入。「報怨行、随縁行、無所求行、称法行」。 『二入四行論』。敦煌から。彼の唯一の言葉、と言われる。 慧可。 「達磨は、慧可に、『楞伽経』四巻を与えた」。 「楞伽宗」。 「達磨—慧可—僧璨—道信—弘忍—慧能」。六祖。 「初祖」。 慧能の『六祖壇経』。8世紀。 「達磨の話は、8世紀の北宗と南宗の争いで、大きくなった」。 「神会が、南宗を正統にするために、達磨から慧能への一本の線を作った」。 「武帝との問答」は『祖堂集』952年。 「葦の葉」は宋。 「面壁九年」は唐の末。 「慧可の断臂」は、盗賊が切ったのを、自分で切ったことに。 「片方の履」は唐。 「毒」。 「熊耳山」。「定林寺」。「空の墓」。 「達磨は、生まれた年も死んだ年も、来た年も、分からない」。 「宋雲が会った」は、宋雲が帰った年に達磨が死んでいた、という話の中で。 「一人の人でなく、二人か三人が」。 禅。 「不立文字」。 日本。「だるま」。 「達磨大師」。 「起き上がり小法師」。 「赤い」。「疱瘡除け」。 「片目」。願をかけて、叶ったら、もう片方。 「雪だるま」。 「達磨落とし」。 「達磨ストーブ」。 「達磨船」。 「だるまさんがころんだ」。 インドの王子か、ペルシアの旅人か、誰か。 日本の子供が、みんな知っている。