概要
ビザンツから洗礼を受け、ローマと交渉して自前の大主教を得た。キュリロスの弟子を受け入れ、スラヴ語の典礼を育てる。退位して修道院に入り、反乱した息子の目を潰した。
関わったできごと(1)
ブルガリアの改宗AD864年 · 改宗した本文
ブルガールの君主で、 周りが全部キリスト教になったとき、改宗を決めた。
どちらから受けるか。
最初はフランクと組み、ローマに傾いた。
ビザンツが軍を動かした。
飢饉もあった。
864年、ビザンツから受けた。
皇帝が代父になり、ミカエルの名を得る。
貴族が反乱した。
52の家を、一族ごと処刑した。
そのあと、ローマの教皇に106の質問を送った。
ズボンを穿いてよいか。 週に何日戦ってよいか。 妻を何人持てるか。
教皇の回答が残っている。
自前の大主教を求め、教皇がはぐらかすと、 コンスタンティノープルに戻った。
大主教を認めさせた。
大モラヴィアから追われた キュリロスの弟子たちを迎えた。
キリル文字は、その弟子たちが作った。
退位して修道院に入った。
息子が異教に戻ろうとしたとき、 出てきて息子の目を潰し、別の息子を立てた。