概要
ローマに反乱を起こしたブリテンの女王。ロンディニウムを焼いたが敗れ、自ら命を絶ったと伝わる。
関わったできごと(1)
ブーディカの反乱AD60年 · イケニ側 · 総指揮本文
イケニ族の王プラスタグスの妃。
夫は遺言で、領地の半分をローマ皇帝に、半分を娘に残そうとした。 ローマ側は全部を接収した。 抗議した彼女は鞭打たれ、娘たちは暴行されたと タキトゥスは書いている。
蜂起は三つの入植地を焼いた。 ロンドンの地下には、この時の赤い焼土層が残る。
最後の会戦では、 数で圧倒的に勝りながら狭い地形に押し込まれて敗れた。 戦車を並べて見物していた家族もろとも 逃げ場を失ったと記録される。
彼女についての記述は、 タキトゥスとカッシウス・ディオしかない。 どちらもローマ人で、本人を見ていない。 演説として引かれる文章も、彼らの筆になる。
ヴィクトリア朝のイギリスは、 この人を国民的英雄として銅像にした。 帝国に抗った人物を、帝国が英雄にしたことになる。