概要
ローマの入植地を三つ焼いた。記録はすべてローマ側のもので、彼女自身の言葉は残っていない。
場所
カムロドゥヌム
51.89°N 0.90°E · イギリス・イングランド(コルチェスター)
51.89°N 0.90°E · イギリス・イングランド(コルチェスター)
関わった人(1)
ブーディカ?–AD61年頃 · イケニ側 · 総指揮本文
イケニ族の王は、遺言で領地の半分をローマ皇帝に譲り、 半分を娘に残そうとした。 ローマ側は全部を接収し、 抗議した王妃ブーディカを鞭打ち、娘たちを暴行したと史料は書く。
蜂起は、カムロドゥヌム、ロンディニウム、ウェルラミウムの 三つの入植地を焼いた。 ロンドンの地層には、この時の焼けた赤い層が今も残っている。 死者は7万とも8万とも書かれる。
最後は、狭い谷に陣取ったローマ軍に正面から突っ込んで敗れた。 数で圧倒的に勝りながら、地形で封じられた形になる。
記録はすべてタキトゥスとカッシウス・ディオによる。 彼女の演説とされる文章も、ローマ人の筆によるものだ。 本人の言葉は一つも残っていない。