概要
ローマ軍が3年で土の斜道を築いて岩山の砦に達したとき、籠城していた者はほぼ全員死んでいた。ヨセフスは集団自決と書き、考古学は遺体を数十体しか出していない。
場所
マサダ
31.32°N 35.35°E · イスラエル
31.32°N 35.35°E · イスラエル
本文
死海のそばの、切り立った岩山になる。
ヘロデが宮殿と貯水槽を作っていた。
ユダヤ戦争の最後、 熱心党の一派がここに籠もった。
エルサレムが落ちて3年後。
ローマ軍が来た。
8つの陣地で山を囲み、壁で繋いだ。
いまも上空から見える。
そして、西側に土の斜道を築いた。
高さ70メートル。
攻城塔を押し上げ、壁を破った。
翌朝、入った。
籠城していた960人が、ほぼ全員死んでいた。
ヨセフスが書いている。
10人を選び、他を殺させ、 その10人が籤で1人を選び、 最後の1人が自分を刺した、と。
考古学は、遺体を数十体しか出していない。
籤に使ったとされる陶片が見つかっている。
いまイスラエル軍の一部が、ここで宣誓する。