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Event / できごと

マサダの陥落

Siege of Masada
AD73年
重要度 3

概要

ローマ軍が3年で土の斜道を築いて岩山の砦に達したとき、籠城していた者はほぼ全員死んでいた。ヨセフスは集団自決と書き、考古学は遺体を数十体しか出していない。

場所

マサダ
31.32°N 35.35°E · イスラエル

本文

死海のそばの、切り立った岩山になる。

ヘロデが宮殿と貯水槽を作っていた。

ユダヤ戦争の最後、 熱心党の一派がここに籠もった。

エルサレムが落ちて3年後。

ローマ軍が来た。

8つの陣地で山を囲み、壁で繋いだ。

いまも上空から見える。

そして、西側に土の斜道を築いた。

高さ70メートル。

攻城塔を押し上げ、壁を破った。

翌朝、入った。

籠城していた960人が、ほぼ全員死んでいた。

ヨセフスが書いている。

10人を選び、他を殺させ、 その10人が籤で1人を選び、 最後の1人が自分を刺した、と。

考古学は、遺体を数十体しか出していない。

籤に使ったとされる陶片が見つかっている。

いまイスラエル軍の一部が、ここで宣誓する。

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