概要
ユダヤ戦争の末に神殿が焼かれた。ユダヤ教は神殿のない宗教へ形を変えていく。
場所
エルサレム
31.77°N 35.21°E · イスラエル/パレスチナ
31.77°N 35.21°E · イスラエル/パレスチナ
本文
ユダヤ戦争の末に、ローマ軍がエルサレムを落とした。 神殿が焼かれた。
再建されなかった。 残ったのは、外壁の一部(嘆きの壁)だけになる。
ここでも、宗教の形が変わる。 犠牲を捧げる場所が無くなり、 祭司の役割が終わった。
代わりに、 書を読み、解釈し、議論するラビが中心になる。 シナゴーグと学院が神殿の代わりになった。
このとき、いくつかの派が消えている。 サドカイ派は神殿と結びついていたため消え、 熱心党は戦いで消えた。 残ったのがファリサイ派で、 その系統が後のユダヤ教になる。
ティトゥスの凱旋門に、 神殿から運び出された燭台を担ぐ場面が彫られている。 その図が、いまイスラエルの国章になっている。
奪った側が残した記録が、 奪われた側の象徴として使われている。