← 地図で見る
Event / できごと

ローマ大火

Great Fire of Rome
AD64年7月
重要度 4

概要

市の大半が焼けた。ネロが放火犯としてキリスト教徒を処断したとタキトゥスは書く。

場所

ローマ
41.89°N 12.49°E · イタリア・ラツィオ州

関わった人(1)

ネロ37年12月15日–68年6月9日 · 当時の皇帝

本文

6日燃え、いったん収まり、また3日燃えた。

市の14区のうち、3区が全焼、7区が半焼した。

タキトゥスによれば、 放火の噂が立ったため、ネロは キリスト教徒を犯人として処断した。

火あぶりにして庭園の灯りにした、という記述がある。

「ネロが竪琴を弾きながら眺めていた」という話は、 彼が現場にいなかったという記述と矛盾する。

タキトゥス自身、放火説を噂として書いている。

火事の後、都市が造り直された。 道幅を広げ、建物の高さを制限し、 石造りを義務づけ、消火用の水を確保させた。

同時に、焼けた土地に 巨大な私的宮殿(黄金宮殿)を建てた。 それが、また噂を呼ぶことになる。

出典(1)

塩野七生 ローマ人の物語VII 悪名高き皇帝たち

同じ時代のできごと

パウロの伝道旅行AD47年匈奴の南北分裂AD48年ブーディカの反乱AD60年『エリュトラー海案内記』AD60年頃エルサレム神殿の破壊AD70年マサダの陥落AD73年ヴェスヴィオ火山の噴火79年8月24日(近年は10月説が有力)コロッセウムの完成AD80年